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そういえば花粉症の季節に入ってました!?その1

花粉症シーズンの鼻水とのつきあい方
 先月あたりから嫁さんが鼻をグズグズやりだして、「花粉症だ〜」なんて言うものですから、バカ!それなら俺のほうが先になって然り!風邪じゃね?なんて話してました。
どうやら今年は症状の酷い私より先に嫁さんが花粉症になったようです。たしかに例年なら1月の終わり頃には花粉症対策を施して出社してました。(ま、昨年までは階段通勤だったので朝晩の愛犬の散歩の時くらいしか外にでませんでしたが)
私の場合、とにかく花粉症に対して体が大袈裟なくらい、ダチョウ倶楽部の竜ちゃんくらいリアクションがオーバーなものですから、”鼻水に対して「無視する」こと”をしてます。
薬は飲まない(鼻から喉元周りの水分を止めるのがダメ)、出てくる鼻水はかまない→ティッシュで鼻栓してマスクで隠す。なので無視中は始終鼻声!
そうして”アンタ(鼻水)なんてかまってやんないんだかんね!”と無視をキメると、もう出してもかまってくれないんだ(T_T)といじけて鼻水出すのを止めます。→そこでようやく鼻栓解除!1時間位はだまくらかすことができるのですが、かまってくれるのを( ゚д゚)ハッ!っと察知されるとまた再開→蛇口オープン(-_-;)このイタチごっこで1日が終わります。
昨年まで内勤で顔合わせるのも社内の人がほとんどでしたから、鼻栓オンザ・マスクでもよかったのです。しかも不織布マスクから鼻栓してるティッシュが薄っすら透けて見えてしまうので、凝視されたらアウト!という弱点もありました(^^ゞ
現職はお客様と顔合わせるのがミッションの営業です。マスクマンで訪問したら顔なんて覚えられたものじゃありません!
しかしそれがどうしてか、今年はまだ花粉症の症状らしきものが出てないのです。
ちょっと振り返ってみて、これが対策になってるのかも!?というのをピックアップしたいと思います。
それは明日につづきます! 

眠ることの大切さ

よく寝てみたらわかりました。
 振り返ってみると、うーんやっぱり寝ることは大切だな、と思うことが多々あるこの頃。
むしろ眠らないと色々障害がでてきます(当然ですが)。
調べてたら自殺対策のサイトに辿り着き、うつになり自殺につながる。と警鐘してます。
参照サイト:清水徹男さんの話

また、世界的に見ても日本の睡眠時間は短く、さらにギョッとしたのが”不潔なベッドで寝ている。”という報告にもぶち当たりました(-_-;)
参照サイト:イロリオによるポスト 
そういえば私、どんなに泥酔しても必ずお風呂に入ってから寝ます。ベッドに外のニオイを付けたくないし翌日以降も引きずりたくないのです。泥酔して記憶なくしていても翌朝さっぱりしているので、あ、風呂入ったんだなと後追いで確認することもしばしば。
どんなに酔ってても風呂場に行くので、時には風呂場で吐いて嫁さんにしこたま怒られたこともあります。しかしそれでも風呂には入るのです。
という私から見ると、不潔なベッドとは恐らく風呂に入ってない汚いカラダのままベッドに入るか、干すことをしてないせんべい布団かあるいはそのダブルかだろうと予測もつきます。
そこまでサイトに載ってないのだし、予測しなくても!と突っ込みどころ満載ですが、思い当たる節、ありませんか?
清潔を心がけて、よく眠る。これ重要ですね。以前のヒゲの隊長のエピソードにもつながりそうです。不潔は油断の第一歩!
ビジネスに競争力やスピードが求められるのはある程度理解できます。
でも、加速のかかりすぎた競争力は人を幸せにするのか、ちょっと疑問にも感じます。人を幸せにするはずのビジネスが、自殺に追い込んでは、これ以上言わなくてもわかりますが、いつから日本はこんなジレンマに陥ってしまったのかと時々思うのです。

この17年で第2次世界対戦がもう1度起きている
年間3万人を超える自殺者という数は、
第2次世界対戦の日本の犠牲者が約50.6万人(Wikiによる数字)毎年の自殺者3万人を超えたのが1998年ですからざっとみても1998年以降、現在までに少なくとも第2次世界対戦で犠牲になった方の数を超えています。
つまりこの17年間でもう1度戦争が起きて犠牲者が出ているくらいの数の方が自殺しているわけです。
ゴメンナサイ、細かい数字の合計足してませんが下記サイトからグラフを見ていただくと一目瞭然です。
参照サイト:
T-PECさんのサイト 
こう捉えていただくと、自殺者で人口減少を起こすことがいかに社会的に影響のある問題かがわかると思います。自殺原因も年齢層も色々端折って、半ば独断と偏見の視点で書いてます。すみません。でも、捉えたい空気はご理解いただけると思って書きました。
重たく書いちゃいましたが、まとめると”うーんイヤだな、こんな社会。幸せに生きている人がすごしている社会というものが、自殺者の犠牲に成り代わっているとしたら、みんなで幸せに過ごしたくなる。” 
まだ見えてきませんが、きっと社会がよくなる方法は必ずあると信じています。 

手段の目的化、目的の手段化

手段を目的化してはいけません。ならばその反対は?
 よく手段の目的化、手段を目的にしてはいけません。なんていいます。例えば私なら訪問開拓することは売上を上げるための手段ですが、訪問すること、すなわち訪問件数を稼ぐことが目的になってしまっては意味がありません。ゴールはあくまでもわかりやすく言えば売上、もっといえばクライアントさんへの感動、満足がゴールです。
そこでちょっと思いました。目的を手段にすると、次の目的を作ることができるのではないか、と。
つまりゴールで終わることなく、ゴール・目的を定常化することによって=手段にすることによって次の目的が設定できます。
ちょっと、ん?と複雑にこんがらがってしまいそうですが、私の場合はこうです。
クライアントさんへの感動・満足を手段化することによって、地域の活性化を目的(目標)にしています。(うーん書いている自分がしっくり来てないな)
具体的に書くと、我々の仕事=デザインを活用してもらうことは、クライアントさんが利益を上げてもらう手段です。
クライアントさんが売上を上げてもらうだけが目的ではなく、それによって

アイデア出しは、お風呂から!

アイデアの源泉、それはお風呂!?
 前職で販促企画やパンフレットのネタなどを考えていた時、なかなかミーティングではいいアイデアが出ずグループでどうしたものかとよく悩んでました。企画職、なんて看板構えていても現場の経験もロクにない想像妄想グループのようなものでしたので(^^ゞ
そんな時、お風呂で考えるといい!なんて記事を見つけました。はじめはおいおい風呂でかい!なんてツッコミたかったくらいですが、読んでみるとなるほど、”脳がリラックスしているので普段とは違うひらめきがしやすい。”とあるではありませんか!なるほどね!(^^)
早速実践してみて、実際、お風呂発の企画やキャッチフレーズを生み出しました。
振り返って調べてみたら、お風呂の他にトイレもいい!なんて記事も(^_^;)
んじゃ今度はトイレでもお客さんのタメになること、アイデア出ししてみますか!
参照サイト:NAVERまとめ 風呂でメモする?ひらめくアイデアの積み重ねで人生の幅が広がる
  

ありがとう、ごめんなさい。

何かをしてもらった時、どっちの言葉がパッと出ますか?
 「ありがとう」と「ごめんなさい」。この2つの言葉って同じシチュエーションで使える言葉です。
例えば机から落ちた消しゴムを隣の人に拾ってもらった→とっさに出てくるのは?「ありがとう」or「ごめんなさい」
電車で席を譲った→相手から聞こえてきたのは?「ありがとう」or「ごめんなさい」
「謝辞」という言葉がありますが、辞書で引くと(Goo辞書さんより引用)
1 感謝の意を表す言葉。「来賓への―」
2 非をわびる言葉。「被害者に―を述べる」
と、「ありがとう」と「ごめんなさい」の相反する意味が込められています。

昔、中華料理屋でバイトしていた時、出前の配達をしていました。
よく出前を頼んでくれるお客さんがいらっしゃって、姿からおそらくタクシーの運転手さんでした。
「こんにちはー!出前お待たせしましたー!」「○○円です、いつもありがとうございますー!」なんて若かれし頃の私は、元気だけは取り柄なりに応対するのですが、そのお客さんはいっつも
「すみません、すみません」と「すみません」の連呼。
(-_-;)う、そんなに言われたら食べて喜んでもらいたいのに何だか申し訳ない気持ちになってきてしまいます。
今思えば、その方の接客も同じような対応なのだろうと想像がつきます。
謙遜する、恐縮するくらいなら、感謝しちゃった方が相手も気持ち良いものです。
”謙遜も度が過ぎると嫌味になる”とはまさにこのことですね。
なので私、「ごめんなさい」という言葉を極力使いません。「ありがとう」の感謝で押し切っちゃいます。
ですが当然謝らなければならない時もあります。例えば注意された時。そんな時は「すみません(指摘していただいて)ありがとうございます。」と謝り→お礼とかぶせちゃいます(^^ゞありがとうの理由もちゃんとカッコ内のようにあるのですよ。
何かしてもらって(施しがあって)、そこに感謝があって建設的になれるのか、すみませんから何も生まれないのか。(ちょっとは何かあるかもしれませんが感謝ほどではないはずです)前向き思考なら、どちらを選ぶか自ずとわかりますよね(^^)
 

アサガオが朝咲く理由

本を1冊、紹介します。
 今日は紹介したい本を棚から引っ張ってきました。それは、五木寛之さんの「生きるヒント」です。
この本に出会ったのは、19年前、高校卒業した頃(もうそんな月日が!)でした。
ジュディ・アンド・マリーのYUKIがパーソナリティを務めていたオールナイトニッポンでYUKIが紹介し、読んでみたくなりました。
YUKIが紹介した一節を同じように引用してみます。

第3章「悲む」のP66より。
それは、あるアサガオ研究家の話です。
学生時代からどうして朝、決まった時間にみごとな大輪の花を咲かせることができるのだろうと疑問を抱いた女性がいて、その研究を大学でもつづけ、さらに研究者となって追求した感動的な挿話です。
アサガオは夜明けに咲きます。
ふつう私たちはそれを、朝の光を受けてアサガオが花を開くためには、光とか、あたたかい温度とか、そういうものだけでは不充分であるということがわかったそうです。
24時間、光をあてっぱなしにしていただけではアサガオの蕾は、ついに開きませんでした。
そこに紹介されている短い文章は、実験の結果を淡々と述べたものですが、ぼくにはとても詩的な感動をおぼえさせるものでした。
アサガオの蕾は朝の光によって開くのではないらしいのです。逆に、それに先立つ夜の時間の冷たさと、闇の深さが不可欠である、という報告でした。
もっと正確な話をご紹介すべきかもしれませんが、ぼくにはただ文学的なイメージとして、夜の冷たさと闇の深さがアサガオの花を開かせるために不可欠なのだという、その言葉がとても鮮烈にのこってしまったのでした。

ちょうどその頃、生き死に迷い、どうしたいのかもよく見えず五里霧中な状態でした。今の前向きだけ思考なんて宣言している自分と当時とは対極的に真反対だったと思います。表面上は取り繕っていても、ココロは暗い、もしくは無い。そんな頃でした。
当時、今はきっとアサガオが花開く前の時と同じ。そう重ねたことを振り返ることができました。
この本に出会い、我々よりも激動の時期を生き抜いてきた五木さんの姿に感動しました。だって同じ19歳の頃、五木さんは境内の下で雨風をしのいで生活していたのですから。当時の私なんてちっぽけで恵まれていると反省しました。
「生きるヒント」は現在でも新版になっています。(私は集めた単行本がオススメですが)短い章ごとに区切られているので、ちょっとした時間にも読めるので、気になった方はぜひ!
生きるヒント
新版生きるヒント
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クルマハック!ヘッドライトウォッシャーって使ってますか?

デザイン的にお好みでないのに増えている理由
 クルマをお持ちの方、もしくは仕事などで乗っている方、「ヘッドライトウォッシャー」って使ったことありますか?というか知ってますか?
nashijiru
↑そうそう、これです。ヘッドライトのカバーについた汚れなどを洗い落とす機能です。昔はオフロードタイプのクルマによく装着されてました。悪路を走って泥がついた時に洗い落とす、なんて使い方でしょうか。
ところが最近ではオフロードタイプのクルマだけでなく、フツーのクルマにもよく付いてます。
ヘッドライトが目なら、このポコっとなっているのは涙袋といったところ。でもデザイン的にポコっとしているので、あまり好きではありません。それがたくさんのクルマに!?どうして!?装備増やして見栄張ってるの?う~んナゾ…でした。
ところが先日、カーディーラーのメカニックの方とそんなお話をしていたら、真相が解けました。
最近のヘッドライトはLEDを使用しているクルマが増えたからです!
あ!?これだけじゃわかりませんね。もう少し深堀りします。(むしろこれだけでわかる人は業界関係者!?)
従来のヘッドライト、ランプはハロゲン球やHID(キセノン)球を使ってきました。ハロゲンは電球色、HIDは蛍光灯色と付記ふればイメージしやすいでしょう。
これらの球は、熱を帯びます。一方のLEDは熱をほとんど帯びません。 だからです!(^^ゞ
熱のある/なしで、ランプカバーに雪など表面凍結系のものが付着した際、それを溶かせるか溶かせないかという課題が発生します。
ハロゲン・HIDは熱があるので溶かせて、LEDは熱がない(溶かすほど熱くならい)ので溶かせない。なのでLEDヘッドランプ装着車はヘッドライトウォッシャーで洗い落とせ!ということだそうです。
まだ保安基準(クルマとして認められる法令基準)化までは至ってないそうですが、そのうちなるでしょう、とのこと。ま、保安基準以前の生産車は、LEDランプ車でもウォッシャーついてなくても車検通らないなんてことはないのですが。。。
ということで、増えてます!ヘッドライトウォッシャー!(-_-;)うーん上級グレードになればなおさら装備されることになるのか。。。ウォッシャーじゃなくて他の方式で溶かすこと考えてくれないかな。
ちなみにメカニックの方、「凍ったもの落とすったってウィンドウォッシャー液だし熱湯でもないから、落ちないよ!」と笑い話になっちゃいました。
もしヘッドライトウォッシャーが付いているなら、せっかくなのでちょっと使ってみてください。ココロの汚れくらいなら、落ちるかも!?

 

株主特典だけじゃない!~マイクロ投資って知ってますか!?その2

埋もれている才能をファンドにしよう!
 昨日のベンチャーキャピタルに関連するお話です。
マイクロファンド、マイクロ投資という言葉をご存知でしょうか?グラミン銀行をイメージされる方もいらっしゃると思います。
日本でマイクロ投資を運営している「ミュージックセキュリティーズ」という会社があります。
才能があっても陽の目を見ない路上ミュージシャンやマイナー演奏者などを支援する企業です。
ネットで出資者を募集します。金額にして1口3,000円から高くても5万円ほど。ファンド期間は最長5年だそうです。
事例として神戸の酒蔵を紹介いただきました。
日本酒の酵母を寝かせておく期間が3年であるため、銀行の返済サイクルとマッチしません。
困っていた時、ミュージックセキュリティーズのことを知り、出資者を募集。あっという間に目標資金が集まり、マイクロファンドによって日本酒をつくることができました。
出資者はお金のリターンだけでなく、出来た日本酒ももらえるという特典つき。これは日本酒マニアにはたまりませんね!
3年でファンドは終了しますが、また次のファンド募集を行い、このサイクルで毎回日本酒を作られているそうです。
つまり、株式投資のような大きいお金を投資するリスクがなく、自分が共感できたりファンとして応援し日の目を見させる小口投資なのです。さらに成果物もあると参加している意義が出てきます。
中にはファンドが集まらなかったり、目標額に達しない金額でスタートするケースもあるそうです。(その前に当然審査があります)また投資なので事業運営がうまくいかなければリターンゼロや投資が返らないケースもあります。
でもちょっと興味もった方は覗いてみてください。私も自分の小遣いが貯まったら、マイクロ投資してみたいと思います。(もしくは受ける側でアイデア出してみようかな)
参照:ミュージックセキュリティーズさんの沿革、コンセプト
現在投資募集しているリスト 

今夜は弔い酒を

3.11のことで少しだけ
 以前の投稿「きっかけバスを走らせよう」で、私の震災時のことは書きました。その1年後のことを書きたいと思います。
前職で社外報を制作担当していた私、というか私は担当ほどでもなく部下が取材してきた内容をチェックすることくらいが仕事でした。
東日本大震災から1年経過した時、特集記事を企画しました。当時の記憶、復興が終わっていない被災地。風化させてはいけない。それらを発信したかったのです。
通常の進め方であれば、現場の方に取材オファーをお願いするのですが、今回は企画意図を説明しご理解いただいたうえで後日取材させていただく手順で進めました。
私と上司で宮城県仙台市と岩手県田野畑村に向かい、現地支店長と訪問しました。
取材内容を快くご理解いただき、それならと、当時の状況を教えていただきました。
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写真は仙台空港近くにある自動車整備工場さんの1枚ですが、印象的だった津波の水位を示したプレート。ドアの上なので3mは超えています。プレート位置には海水の跡が残っていました。当時の記憶を残すため、取り付けられたそうです。
津波が押し寄せた時は、部品倉庫の中2階に避難し難を逃れたそうです。その時、水位はギリギリだったとおっしゃっていました。
仙台空港周辺は、海岸から2kmも離れていない場所です。水流も相当だったそうですが、工場も倒壊せず、踏ん張った。だから生き残れた。と強い言葉を語っていただきました。

整備工場さんを後にして、今度は岩手県へ目指しました。
仙台空港周辺はガレキの処理に追われるダンプカーで溢れかえっていました。そしてダンプカーがいないエリアは荒涼としているのです。
聞くと、その辺りは住宅エリアだったそうです。難を逃れた家屋がぽつんぽつんと残っていました。
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それとまだ撤去されていない船も道路脇に点在していたのも印象的でした。ダンプやトラックに乗せきれない大きさのものは、おそらくその場でスクラップしてバラバラにしてから運んでいるのかな、と思いました。
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上の画像もそんなことを物語っていそうです。
翌日、岩手県は田野畑村に向かい、前日と同じように取材内容を説明しました。クルマの整備だけでなく、漁に出る船の整備もやられているとのことでしたが、地域から漁師が避難し、同業者も避難した。だけど、また漁に出る人と船が帰ってきたら誰も整備する人間がいない。だから残って続けるよ。と、お話をお聞きしました。
帰り道、三陸鉄道の線路がありました。線路が寸断されてしまい、戻れなくなった車輌が主人の帰りを待つかのように線路の上で佇んでいました。

同じ時間なのに、こうも状況が違うものかと思うと、何かやりきれません。
また、震災で亡くなられた方、行方がわからない方。たくさんの犠牲がありました。
私ごとですが、今でこそ”ご縁があった”とか”ご縁を大切にしている”なんてフツーに話していますが、そういう気持ちになったのもここ2年くらいです。それまでは何ら変わらず生きているのは自分が生活してるからだ程度しか思っていませんでした。

「ご縁」というつながりで考えると、もしかしたら亡くなられた方とつながることがあったのかもしれません。縁が切れたのか、はたまた”あの世”と”この世”くらいの縁遠くなってしまったのか。
もし、仏教の教えのように”この世”が”あの世”であるならば、あの時たくさんの人たちが本来の世界に戻ってしまったというのなら、私はいつか会える日を、もうちょっと後のお楽しみにとっておきたいと思います。そして、もうちょっと今の世の中をよくして、楽しくして、命を擦り減らすだけ擦り減らして使い込んで全うしてから、会いに行きたいと思います。そう思えたら、ちょっとだけあの世に笑顔を向けられるようになりました。
長くなりましたが、今夜は弔い酒を。 
 

株主特典だけじゃない!~マイクロ投資って知ってますか!?その1

お金を借りる手段は、銀行以外にもあるのです。
 先日受講した勉強会の振り返りです。マイクロ投資のことを教えていただきました。
クルマや家のローンを組んで買う。会社を立ち上げる。こういうシーン、”銀行から借りる”ことをイメージされると思います。
クルマや家なら年収や勤務年数、他にCICという与信機関から与信情報をとったりします。
事業立ち上げの場合、事業収益性や担保などハードルは高くなります。
スタートアップ企業の資金調達って大変なんですね。
ベンチャーキャピタル(VC)という手段があります。融資ではないので毎月の返済という概念がなく、VCの投資に対して利益が出たらリターンする、というのが特長です。
駅前や大型店舗に参入しているQBネットという会社をご存知でしょうか?1000円カットの床屋さんです。こういえばわかりやすいですね。
発祥は熱海の理容卸会社さんが始めました。
銀行に融資の相談に来られたけど、今までないビジネスモデルで銀行の審査では通りそうにない。そこで相談を受けた銀行員さんはグループ企業のVCへ一緒に足を運んだそうです。
ビジネスモデルとなる事業プランはその社長さんがタタミ1畳ほどのミニチュアモデルを持ってきて説明されたそうです。
そしてVCの投資を受け、現在までに成長したという1つのモデルを紹介してもらいました。
当然それなりの審査はあるそうですが、タタミ1畳もあるミニチュアモデルを持ってきて情熱的に説明された印象が今でも残ってると仰っていました。

VCの中で、最近一般の人も参加できるマイクロ投資があります。
このお話は、明日につづきます。